慢性的な疲労や倦怠感。食欲不振などでお悩みの方に使われることが多い漢方薬、補中益気湯(ほちゅうえっきとう)。気虚(エネルギー不足)に使う処方で、その優れた働きは別名:医王湯という名前がついたほど。働きが強い反面、慎重に使わなければいけない方もいる処方です。
目次
補中益気湯の効能・効果と配合生薬
オウギ(黄耆)、カンゾウ(甘草)、ニンジン(人参)、トウキ(当帰)、チンピ(陳皮)、ショウマ(升麻)、サイコ(柴胡)、ビャクジュツ(白朮)またはソウジュツ(蒼朮)の8つの生薬で構成されています。
このため、白朮(ビャクジュツ)が含まれる補中益気湯と蒼朮(そうじゅつ)が含まれる補中益気湯の2種類が存在します。パッケージに記載の効能・効果はどちらでもほぼ同じですが、ビャクジュツとソウジュツの特性を考慮して使い分ける場合もあります。ビャクジュツとソウジュツは胃腸の働きを高めるという点は共通しますが、違う点がいくつかあるので後述します。
ツムラの医療用の補中益気湯
消化機能が衰え、四肢倦怠感著しい虚弱体質者の次の諸症:
夏やせ、病後の体力増強、結核症、食欲不振、胃下垂、感冒、痔、脱肛、子宮下垂、陰萎、半身不随、多汗症
本品7.5g中、下記の割合の混合生薬の乾燥エキス5.0gを含有する。
日局オウギ | 4.0g |
日局ソウジュツ | 4.0g |
日局ニンジン | 4.0g |
日局トウキ | 3.0g |
日局サイコ | 2.0g |
日局タイソウ | 2.0g |
日局チンピ | 2.0g |
日局カンゾウ | 1.5g |
日局ショウマ | 1.0g |
日局ショウキョウ | 0.5g |
添加物:日局ステアリン酸マグネシウム、日局乳糖水和物
JPS製薬の補中益気湯(第2類医薬品)
体力虚弱で、元気がなく、胃腸のはたらきが衰えて、疲れやすいものの次の諸症:
虚弱体質、疲労倦怠、病後・術後の衰弱、食欲不振、ねあせ、感冒
12錠中 補中益気湯エキス2.35gを含有しています。
日局ニンジン | 2.0g |
日局ソウジュツ | 2.0g |
日局オウギ | 2.0g |
日局トウキ | 1.5g |
日局チンピ | 1.0g |
日局タイソウ | 1.0g |
日局サイコ | 0.5g |
日局カンゾウ | 0.75g |
日局ショウキョウ | 0.25g |
日局ショウマ | 0.25g |
上記生薬量に相当する
添加物として、無水ケイ酸、ケイ酸Al、CMC-Ca、トウモロコシデンプン、ステアリン酸Mg、乳糖水和物を含有する。
補中益気湯の効能を中医学で詳しく解説
漢方薬は西洋医学の理論だけで考えると、うまく効果を引き出すことができないことがあります。
補中益気湯の漢方・中医学での効能は
補中益気湯は『体の真ん中の気を益す』という意味を持ちます。体の真ん中はお腹周辺ですので、主に消化器系の働きのことです。漢方・中医学では消化器系を「脾」または「中焦」とも表現します。
消化器は食べ物を消化し、エネルギーの元となる栄養を吸収します。この働きが低下すると、、、
食べても吸収できない → 消化不良
といったことが起こり栄養が不足してしまうため、活動するエネルギー(気)も不足してしまいます。すると抵抗力が落ち虚弱体質や疲れやすいといったことも。
また消化器は冷えると痙攣を起こしたり消化不良、下痢を招いてしまうため、適度に温める必要があります。熱というのもエネルギーですので「気」が不足すると温めることができません。補中益気湯は温める働きがとても強い漢方薬です。
補中益気湯は胃腸の働きが落ちていて、エネルギー不足の状態に使います。疲れや慢性疲労、虚弱体質、病後・術後の衰弱、夏やせなどは理解しやすいですが、胃下垂、感冒、痔、脱肛、子宮下垂、陰萎、多汗症、ねあせなどは理解しにくいですね。
なぜ胃下垂、脱肛、痔、子宮下垂に効くの?
漢方・中医学では胃下垂、脱肛、痔、子宮下垂などの原因の一部を、「中気下陥(お腹の気が下に下がった状態)」と捉えることがあります。これは「気が働く方向性」というものも重視するため。
例えば、胃。飲食物を一時ため込み腸へ送りますが、この場合、胃の「気」は下へ向かっているものと考えます。この気の流れが反対方向の上に向いてしまうと嘔吐などの症状が現れます。また、重力がありますので、各臓器は常に下へ引っ張られている状態です。これを適正な位置に留めておくため筋肉やエネルギー(気)が必要になってきます。消化器系の働きが落ちると、栄養が不足してしまうので、筋肉も痩せてきたり、エネルギー(気)も十分作り出せません。
補中益気湯はエネルギーを補うニンジン(人参)やオウギ(黄耆)、落ちてしまった気を上へ持ち上げる(昇提作用)を持つサイコ(柴胡)やショウマ(升麻)が含まれるため、胃下垂、脱肛、痔、子宮下垂に効果が期待されます。
また、落ちてしまった気を上へ持ち上げる(昇提作用)の応用で、切迫流早産の流産予防などとして有効だという文献も見られます。(とはいえ、妊婦さんは慎重に服用するべきですので、専門家にご相談ください。)
なぜ多汗症に効くの?
補中益気湯を製造しているメーカーはいくつかありますが、効能効果に多汗症やねあせと記載されている処方もあります。注意していただきたいのは全ての多汗、寝汗に効果があるわけではありません。
「気」は汗が出る汗腺のコントロールにも関わっています。気が不足すると汗腺を閉じることができなくなり、汗が漏れやすくなってしまいます。補中益気湯が対応する多汗はこのタイプです。
若い男性に多い、脂物が大好きで胃もたれとも縁がなし、食欲が旺盛で太っていて、常に暑がりで汗をかく。こんな場合は、消化器系はしっかりしており、むしろエネルギー(気)が過剰で汗を書きやすくなっているタイプです。この様な多汗には気を補う補中益気湯は向きません。むしろ悪化させる可能性があります。
また、汗の症状でもねあせに用いる場合は注意が必要です。場合によっては症状が悪化する可能性があります。中医学的に寝汗の原因の多くに陰虚(体の潤い不足)というものがあり、補中益気湯は体を温め乾燥させてしまい、陰虚の傾向を悪化させる心配があります。例外はありますが、汗の症状は昼間の汗の原因は「気の不足」、夜間の就寝中の汗の原因は「潤い(冷却水の不足)」と基本的には分類されます。
補中益気湯は脾胃気虚、消化器系が弱って気(エネルギー)が不足しているタイプに使う処方ですので、寝汗の場合は気を増やす働きと潤いを増やす働きのある、生脈散などが使いやすかったりします。
感冒とありますが、カゼにも効きますか?
補中益気湯は風邪を引きやすい方の体質改善には向くとは思いますが、急性期の風邪には使いません。体を温める働きもあるので、発熱時は避けるべきです。
中医学ではカゼのような感染症の場合は、まず病原菌やウイルスを排除するような処方を使うことを優先します。身体には細菌やウイルスから防衛するための免疫が備わっていますが、感染症は体の免疫が細菌やウイルスの勢いに勝てなかった場合に発症します。補中益気湯のような気(エネルギー)を補う処方を使うと、病原菌の勢いも元気になってしまうと考えていただくとわかりやすいかと思います。カゼの引き始めや感染症の急性期はまずは細菌やウイルスを抑制する、または排除する対処を優先するのが先決です。
補中益気湯に感冒という効能の記載がある場合がありますが、これはカゼを引いてからなかなか改善しない、調子が戻らないといった場合になります。カゼの引き始めの使用は避けましょう。
陰萎とは?男性不妊に効くの?
陰萎とはインポテンツを意味します。補中益気湯にこのような記載があると、一見精力剤のように勘違いされるかもしれませんが、これに関しては補中益気湯はそこまで大きな効果・即効性はありません。仕事で疲れが溜まっていたり、睡眠不足などが続くと「気」が消耗してしまい、陰萎(インポテンツ)につながります。この場合は、気長に服用することで改善が期待できます。
効能・効果に記載はありませんが、補中益気湯は男性不妊で精液検査の結果が悪いといった場合に、運動率を上げるという報告もあるため、男性不妊治療として処方されることもあります。ただし、30代、40代は男性の一生の中でも体力が充実している時期ですので、補中益気湯の対応する気虚に該当しないケースもありますので、この場合はあまり効果は期待できません。
日本人男性はお腹が弱いことが比較的多いため、該当する場合には効果があるのかもしれませんが…(バランスよく食事をしていても、必要な栄養素を吸収できていない可能性があるため)
結核症って記載ありますが、飲めば治りますか?
補中益気湯だけでは危険です。必ず病院で適切な治療を行う必要があります。
結核の症状でもある慢性的な咳・たんなどは体力を消耗させます。このため、気を増やす働きがある補中益気湯は、結核に対してはあくまで体力増強など補助的な位置付けです。
慢性病は長期に続く炎症により「気」が消耗したり、体にとって必要な水分が不足したりします(中医学ではこの状態を陰虚と言います)。
補中益気湯は体を温め乾燥させる働きがあります。このため、体の乾燥症状が強い場合、例えば空咳や血痰、口渇、ほてりなどが強い場合は、他の処方と併用するか、場合によっては服用を控えたほうが良いのか、漢方や中医学に詳しい専門家にうかがうべきです。
白朮か蒼朮か、どっちの補中益気湯が良いの?
まず基本的にビャクジュツ(白朮)が使われている場合でも、ソウジュツ(蒼朮)が使われている場合でも、他の生薬が補中益気湯の特性を保つので、基本的な効能に極端に大きな差はありません。
ソウジュツよりも気を増やす力が強く、汗を止める働きも強いです。安胎というのは『妊娠中の胎児の安定』と考えていただければわかりやすいかと。
ソウジュツはより体を乾かす働きが強く、胃がポチャポチャして常に水が溜まっているようなタイプ、下痢など消化器系に余分な水分が多い場合はことらが向きます。散寒解表というのは汗を書かせ寒さを和らげると考えると分かりやすいかと思います。
補中益気湯に記載されている効能の範囲はかなり広いです。脾(消化器系)が弱い、疲れやすいといった脾胃気虚といったタイプに用いるのが前提なのですが、上記の生薬の特性から使うならこっちがオススメという場合もあります。
妊娠中・・・安胎が期待できる白朮(ビャクジュツ)を含有するタイプ(※要相談)
水っぽい下痢・・・乾かす働きが強い蒼朮(ソウジュツ)を含むタイプ
風邪を弾きやすい・体力の低下・・・散寒解表(発汗作用のない)白朮(ビャクジュツ)のタイプ
メーカーの分類
補中益気湯に白朮を採用しているか、蒼朮を使用しているかはメーカーによって違います。
圧倒的に白朮を採用するメーカーが多いですね…(^^;)
また、補中益気湯をベースに作られた処方もあります。例えばイスクラ産業の「補中丸」。
この処方は、補中益気湯からタイソウ(大棗)を除き、ニンジン(人参)の代わりにトウジン(党参)を加えた処方です。補中益気湯の温性(温める働き)が強すぎる、燥性(乾燥させる働きが強すぎる)という難点をやわらげた処方です。
補中益気湯が合わないのは体が乾燥傾向の場合
補中益気湯は強い温性(体を温める)働きを持っています。温めるというのは一見健康には良さそうですが、温めすぎというのもよくありません。何事もバランスが大切です。
そのため、体が乾燥傾向の場合は避けなければなりません。体にとって必要な水分が不足している人を中医学では「陰虚」と言いますが、水分をとれば改善するかというと、そんなに単純なものではないんですね。多かれ少なかれ年齢とともに乾燥が気になったり、シワも増えますが。。。残念ながら、水を飲めば改善するというわけではありません。体の潤いというものは年齢とともに減少しやすくなります。
また、体の潤い(陰)は余計な熱を冷ます冷却水の働きも持っています。このため、陰虚になると場合によっては熱を十分に冷ますことができなくなり、ほてりやすくなります。 陰虚の特徴としては、
- 舌の色が赤い
- 舌の苔がない・ひび割れが目立つ
- ほほ骨のあたりが赤い
- 手足の裏がほてる
- のぼせやすい
- 空咳が気になる
- 乾燥肌やシワが気になる
- 便秘気味
- ねあせをかきやすい
- 尿量が少なく色が濃い